セカンドブレイン

「知的生産の技術」とセカンドブレイン: 日米比較から考えるデジタル化する知的生産の進化論

「知的生産の技術」とセカンドブレイン 現在、日本のあらゆる職場は仕事の環境は急速にデジタル化されています。身の回りに氾濫する情報をどう整理し大きな成果に結びつけるのか、日米の代表的な知的生産の方法論を鋭く比較します。

「知的生産の技術」とセカンドブレイン: 背景

世界中でパンデミック化したコロナ感染で日本も緊急事態宣言となった2020年の4月、世界中の1,000人近いナレッジワーカーがZOOM会議で一堂に会する大会が開催されました。

サンフランシスコを中心に世界中のナレッジワーカーが7週間にもわたって、個人の創造性を飛躍的に開発する知識管理(パーソナル・ナレッジマネジメント)について数々の熱いディスカッションを交わしたのです。

今、世界レベルで個人のデジタルトランスフォーメーションが急速に進展しています。

私が参加したのは、Building a Second Brain(BASB )という世界的なナレッジワーカーが参加する新進気鋭のフォーラムです。

そこでは、サンフランシスコ、ニューヨーク、アトランタ、ロンドン、ベルリン、シンガポールなどから、数多くの最先端の知識管理のシステムを求める、大学教授、学生、研究者、大企業の従業員や起業家などが参加していました。

残念ながら、日本の東京からは私一人の参加でした。

ここで私は多くのことを学びましたが、同時に、大きな危機感を持ちました。

というのも、日本にはこの梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」や川喜多二郎氏の「KJ法」などをはじめ、素晴らしい技術の蓄積があります。

しかしこれらは、すでに古典的な紙の知識の技術であり、その後のデジタル化された情報を前提にしていません。

くしくも日本では、知的生産の大家である梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」が注目を集めています。

生誕100年、没後10年、そして50年という節目に100刷となりTwitter上で密かな話題となっています。

「知的生産の技術」もセカンドブレインもどちらも知識を集め、凝縮して整理して、自分自身のアウトプットとして価値の高い成果物を創り出す作業について語るものです。

私自身、引き続きセカンドブレインを研究中の身ではありますが、この2つを比較対照して議論するのも、私も含めた日本のナレッジワーカーにとって、今後の理解を深めるためにも意義があると思ったのです。

そうはいっても、どちらも奥が深いコンテンツです。

ここまでまとめるのに、予想以上に時間がかかってしまいました。

今回は、この2つを対比しながら、デジタル化時代の知識管理のシステムについて考えてみたいと思います。

 

「知的生産の技術」とデジタルトランスフォーメーション

梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」は、50年以上も前の1969年の著作ですが、直近では100刷という超ベストセラーでロングセラーな古典的作品です。生産性と言ったニッチな分野にしては驚くべきです。

ここから多くの知的生産に関連した著作や手法が開発されてきました。多くの読書術、仕事術、そして文章を書くノウハウも影響を受けています。

くしくも、梅棹忠夫氏は著作の結びに以下のように述べています。

将来の日本文明における知的生産の技術、とりわけ、文章によるコミュニケーションの重要性をおもって、こういうこともかんがえてみた。

こういう話題について、たくさんの読者の、活発な討論と研究発表を期待したい。」

デジタルな知的生産の聡明期に当たると考えるならば、この記事で活発な討論という意味で、お言葉に甘えさせていただいても良いかと思いました。

梅棹氏はまた、情報の管理について次のようにまとめています。

情報の管理は、物資の管理とは、原理のちがうところがある。「もったいない」という原理では、うごかない。さまざまなかたちの、あたらしい しつけ が必要だ。」

インターネットの普及以降、急速に情報のデジタル化が進みました。ほぼ全ての情報はデジタル化されて保存、伝達されます。

今私たちが立ち向かっていくべきは、デジタル化された情報環境における知的管理と言えます。

したがってこれは、「デジタル情報の管理は、紙の情報の管理とは、原理がちがう。さまざまなかたちの、あたらしい しつけ が必要だ。」といいかえても良いと思います。

GTD (Getting Things Done)のデジタル化から生まれた「セカンドブレイン

セカンドブレインは、アメリカの生産性コンサルタントであるティアゴ・フォーテ氏が開発したものです。Getting Things Doneをデジタル化した環境で進めるうちに発展しました。

GTDの創始者であるデイビッド・アレン氏は、GTDのワークフローの中でナレッジをデジタル環境で管理する手法を生み出したフォーテ氏を高く評価しています。「GTDの申し子」と言えるかかもしれません。

Getting Things Done(GTD)の行動可能性の度合いが低いリソースに振り分けられた部分を、セカンドブレインに移し効率的に管理することで、個人レベルでナレッジマネジメントから高い価値を創造することを目的にしています。

具体的には、Evernoteなどのデジタル知識ツールを使い、自分自身の中で混乱の元となっているデジタル情報を第二の脳へと移動し、第一の脳が飛躍的に創造性を発揮することを可能にします。

ここからは、「知的生産の技術」と「セカンドブレイン」を5つの観点から比較していきます。


1. 知識を収集し管理する考え方

知的生産の技術

梅棹氏の知識への探求は、「神々の復活」に登場するレオナルド・ダ・ヴィンチの手帳から始まっています。

そこからヒントを得て始めたのが「発見の手帳」です。しかし、ノートはどうしても書き記した順序に縛られてしまうと言う制約がありました。

そこから発展して、モンゴル研究のフィールドワークに使うために規格化されたカードが開発され、カードシステムへと発展していきました。

ノートの欠点は、ページが固定されていて、書いた内容の順序が変更できないことです。これを1カード1項目に切り分け、日付や索引をつけるといった基本ルールで作成されます。

カードの操作のなかで、いちばん重要なことは、組みかえ操作です。知識と知識とを、いろいろに組みかえてみる。あるいはならべかえてみることで、全く新しい発見が往々にしてあります。

一覧表示してつながりや組み合わせを考える。そこからまた新しい発見を見つけていく創造的作業だ、と言っています。

梅棹氏のカードは、適当な分類さえしておけば、何年もまえの知識や着想でも、現在のものとして、いつでもたちどころにとりだせる。カード法は、歴史を現在化する技術であり、時間を物質化する方法です。

カードについてよくある誤解は、カードは記憶のための道具だ、というかんがえである。これはじつは、完全に逆なのである。頭のなかに記憶するのなら、カードにかく必要はない」とも言っています。

記憶するかわりに記録する」、あるいは、「頭にいれずにカード・ボックスにいれる」のです。

セカンドブレイン

一方で、アメリカの生産性のコンサルタントのティアゴ・フォーテ氏が、Getting Things Doneをデジタル化した環境で進めるうちに発展していったのがセカンドブレイン(第二の脳)です。

Evernoteなどのデジタル知識ツールを第二の脳と位置づけて、デジタル化された文書、音声、画像、映像などのデジタル情報を一括処理管理しながら日々のプロジェクトに活用するアプローチを展開していきました。

デジタル化された知識の外部のセカンドブレインを、ツールで管理する。」これにより、「自分自身の第一の脳が過度な情報の蓄積から起こっていた混乱から解放される」と言っています。

つまり、セカンドブレインは仕事現場の知識管理のシステムと言うわけです。

また、ティアゴ・フォーテ氏は、自分自身の第一の脳は、特に創造性に関わる部分については、世界中のコンピュータを集めた処理能力に匹敵する能力を秘めているともしています。

この第一の脳を、外部のデジタル脳に毎日の雑多な情報やタスクの記録や管理の処理をセカンドブレイン(第二の脳)に代わらせることを提案しています。

これにより第一の脳は解放され、よりセカンドブレインに蓄積された知識を活用しながら創造的なことに集中できるのです。

梅棹氏のカードシステムは、デジタル化されたセカンドブレインと重なる部分が多いと言えます。

 

2. 読書術と切り抜きキャプチャ

知的生産の技術

梅棹忠夫氏は、読書については二つのタイプのカードを使っています。一つは「読書カード」で、所蔵や読んだ本の記録を残すためのもの。機能的には自分用の読書記録をカードにしたもの、図書目録に近いものです。

もう一つは、読んだ本の「重要な箇所」と「おもしろいところ」を書き出した「読書ノート」と呼ぶものです。こちらがいわゆる「読書カード」と言えるかもしれません。

梅棹忠夫氏は、次のように言っています。

できあがったカードは、もはや読書ノートではない。読書ノートとしての制約をこえて、ほかのカードといっしょになって、あたらしい知的生産の素材として、そのまま利用される。

新聞や雑誌の切り抜きについても、カードに貼り付けることでカードシステムの取り込むことを検討中と言っていました。私自身、それが実現したかどうかは確認していません。

セカンドブレイン

セカンドブレインでは、多くの場合、電子書籍のハイライトから「読書ノート」に相当する「ノート」が作成されます。

KindleであれiBooksであれ、ハイライトとメモ機能を使うことで読んだ本の「重要な箇所」や「気に入った・後から使える」箇所を、シンプルで簡単にデジタルノートとして抽出できます。

電子書籍の読書ノートの考え方や使い方は、「Evernote読書術: 超速でデジタル読書ノートを作り力強くアウトプットする方法」を確認してください。

また、最近は新聞や雑誌記事も、その多くが電子化されウェブ上で閲覧することができます。

紙の新聞や雑誌であれば、紙を「切り抜き」してカードやノートに貼り付ける必要がありました。

これは、デジタル情報であれば、EvernoteのWebクリッパーや「あとで読むアプリ」を介して、ウェブの記事、報告書や論文自体をEvernoteなどのノートアプリに電子データとして取り込むことができます。

また、「あとで読むアプリ」や「ハイライトアプリ」を使えば、パソコンやモバイル環境でもハイライトした重要な部分のみをEvernoteに取り込むこともできます。

これは段階的要約法というアプローチで、複数回にわたり時間をおいて進めることで、読書から得られた知識をより濃密に凝縮することができます。

また、知識をあとから使いやすくする、見つけやすくする断片化の作業です。これと同時に、記憶の固定化も同時に可能にしていきます。

 

3. 知識を整理するときの分類方法の考え方

知的生産の技術

分類方法については、梅棹氏とセカンドブレインには共通する点が多くあります。

梅棹氏は、次のように言っています。

カードが何枚たまっても、その分類法についてあまり神経質になる必要はない。

分類法をきめるということは、じつは、思想に、あるワクをもうけるということなのだ。

きっちりきめられた分類体系のなかにカードをほうりこむと、そのカードは、しばしば窒息して死んでしまう。分類は、ゆるやかなほうがよい。

知識の客観的な内容によって分類するのではなく、むしろ主体的な関心のありかたによって区分するほうがよい。

そうはいっても、カードの数が蓄積し、何百枚、何千枚となっていくとしたら、これはあとから探すのは予想にがたくありません。

また、文章を書く作業を進めるに当たっては、カードから抽出したアイデアやキーワードを、何枚ものさらに小さな紙切れに書き出して並べ替えて新しい発見をさがします。

これはよろい兜の部品で小さな四角い素材を糸でつなげた「こざね」に似ていることから、梅棹氏はこれを「こざね法」とよびました。

セカンドブレイン

セカンドブレインでも、過度の分類については否定的です。

特に、ネット上の論客によって、デジタル情報の分類ではカテゴリーとタグについての議論が盛んに行われてきました。(A Complete Guide to Tagging for Personal Knowledge Management – Forte Labs

タグ付けは簡単にできるため、次々とタグの種類を増やしていく傾向があります。しかし、行き過ぎたタグの使用は管理に複雑さをますだけで逆効果だとしています。

この代わりに、知識を行動可能性の度合いによって、PARA (プロジェクト、責任エリア、リソース、アーカイブ)方式で4つの分類に分け、さらに実際のプロジェクトやタスク用にノートブックにまとめられて、仕事の進み方に沿って管理していきます。

タグの使用方法としては、実際のプロジェクトで知識を活用するさいに必要な情報を集めて1カ所に表示して使うために、現場での紐付けとして使われます。

これにEvernoteに集められた知識のデータベースに強力な検索機能を使うことで必要な知識を集めることが可能になります。

紙のカードシステムでは、情報が大量になればなるほど、あとから必要なカードを集めるのは至難の業となっていきます。

カードをデジタル化することで、長い期間にわたって集めた無数の知識データを、検索、タグ付け、インデックス化などで瞬時に処理することができます。

また、アイデアを小さなカードにして並べ替える「こざね法」も、ディスプレイの価格が格段に低くなった今では、大画面で容易に展開可能です。

 

4. 整理と仕事場の考え方

知的生産の技術

梅棹氏は、知的生産の整理や仕事場についても明確な意見を述べています。

ものごとがよく整理されているというのは、みた目にはともかく、必要なものが必要なときにすぐとりだせるようになっている、ということだ。

キャビネット・ファイルは、事務文書のファイルである。主として個人および団体との、さまざまな用件についての往復文書がはいっている。それに対して、オープン・ファイルのほうは、資料のファイルである。

キャビネット・ファイルのほうは毎日の事務のための文書の「保管」の装置である。オープン・ファイルはむしろ資料「保存」の装置である。

梅棹氏が実際に仕事に使った知的生産のための空間は、次のように整理されました。

  • 「仕事場」
    執筆したり、読書したりする場所。事務所でもなく、資料庫でもない。そこがわたしの、ほんとうの聖域。
  • 「事務所」
    原稿の発送そのほかの事務処理の場所。
  • 「資料庫」
    仕事に必要なカード、本、その他の資料の置き場所。
  • 「材料置き場」
    カードや原稿用紙などの大量仕入れのための置き場所。

知識の生産現場であり工場。材料、資料が仕事場へ持ち込まれ、そこで作業が行われる。

セカンドブレイン

セカンドブレインも、知識の管理を「知的生産の技術」の生産現場のように考えます。これは分類でも出てきたPARA (プロジェクト、責任エリア、リソース、アーカイブ)がこれに相当します。

これはちょうど、「仕事場」が「プロジェクト」、「事務所」が「責任エリア」、「資料庫」が「リソース」、「材料置き場」が「アーカイブ」に対応すると言えます。

(デジタルな情報はほとんど材料を必要としませんので、アーカイブは資料庫の一部かもしれません。)

また、セカンドブレインの「プロジェクト」のフォルダやEvernoteのノートブックが「キャビネットファイル」に、「リソース」には「オープンファイル」が配置されるといえます。

これは情報を整理する収納庫であり、生産現場に相当します。

もちろん、セカンドブレインの仕事場や文書は全てデジタルです。全てパソコンやタブレット、スマホで同期されるので持ち運び可能です。

 

5. 「知的生産の技術」とセカンドブレイン: 知的生産の未来の技術

知的生産の技術

知的生産の技術は、大量の紙の生産によって始まった情報化産業時代に生まれました。企業でのコンピュータの利用さえ珍しかった時代です。

梅棹氏は、次のように述べています。

知的生産活動一般の技術は、はなはだしく未開発のまま放置されている。PERT(Program Evaluation and Review Technique) 法というようなものが開発され、実用化されている。

個人研究の段階においても、研究を停滞なく進行させ、もっとも効率的に目的を達するために、本気でかんがえてみるべきものだとおもう。

セカンドブレイン

その後のパソコンやインターネット、そしてスマホやクラウドの普及により、個人レベルでのデジタル情報の爆発が起きました。

このデジタル時代の知的生産の技術とは、一体どのようなものなのでしょうか?

セカンドブレインでは、ものづくりの生産現場にそれを求めています。

トヨタのカンバン方式は世界の生産方式や在庫管理のみならず、流通のロジスティクスまで変える影響力がありました。

これ以外にも、セカンドブレインには数々の「生産」の技術が取り入れられています。

セカンドブレインの個人レベルのプロジェクト管理の考え方には、Getting Things Done(GTD)のタスク管理をベースにして、カンバン方式のジャスト・イン・タイムクリティカルパス制約理論など、生産の現場やプロジェクト管理のアプローチが取り入れられています。

この2つアプローチは、50年以上の長い時間を隔てて生まれました。それぞれが生まれたときの環境は激変しています。

「知的生産の技術」は、紙の情報時代の爆発によって生まれました。

その一方で、デジタル情報の爆発によって生まれた「セカンドブレイン」は、デジタルである特長を最大限に生かした情報処理をベースにしています。

そして個人レベルの高度なプロジェクト管理を、クラウドのサービスやAIの能力を活用したアプローチで進めることが可能となってきているのです。

 

「知的生産の技術」とセカンドブレイン: まとめ

私自身、梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」は読書術やKindleのセルフパブリッシングにのめり込んだ時期にひもときました。

今回、セカンドブレインに出会ったことをきっかけに、もう一度読み直してみて、当時は気がつかなかった多くのことを学びました。

この古典的作品は、今後の爆発的に増え続けるデジタル情報のインプットと、それを処理管理しアウトプットまでつなげるという、今現在の多くのナレッジワーカーが必要としている技術です。

しかし同時に、急激に進展したデジタル化の情報爆発の中で、生産性を常に改善していくために必要な考え方、フレームワーク、方法論が必要です。

梅棹氏のカードや生産性の便利さを残しながら、さらにデジタル時代の方法を身につけていく必要があると思うのです。

セカンドブレインは、日本のナレッジワーカーが必要としている技術であり、デジタル化時代の個人のナレッジ管理と生産性の劇的な発展を可能にしてくれると期待しています。

 

 

 

 

シェア