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Pokemon Go!と電子書籍の共通点: 任天堂と出版社のどちらもが陥った罠とは?

Pokemon Go!と電子書籍の共通点: 2016年7月22日(金)にPokemon Go!が日本に上陸しました。アメリカではすでに大ブームになっていて、日本でも旋風を巻き起こしています。ネット上では、ここしばらくPokemon Go!のニュースが独占したかのようです。

このスマホを持ち歩いてポケットモンスターを探してゲットするというAR(拡張現実)と呼ばれるタイプのゲームですが、実は、電子書籍ともある共通点があるのをご存じですか?今回は、その意外な一面を探っていきます。

Pokemon Go!と任天堂の思惑

PokemonGo!のアメリカでのフィバーぶりと日本上陸に気を良くした投資家が買いに走り、一時は任天堂株は異常なほどにまで高騰しました。それに冷や水をかけるように、7月25日にはストップ安しています。

と言うのも、冷静に考えてみて、任天堂にはPokemon Go!は悩み多き成功だからです。その理由は、これまで任天堂が握ってきたゲームビジネスの主導権を、GoogleやAppleに奪われる展開となっているからです。

これまで任天堂は、ゲーム機とゲームアプリのルールを全て自分で決めてきました。それか今回、アプリ開発から販売と流通まで、スマホのOSを提供しているGoogleとAppleに握られてしまいました。

アプリ開発はGoogleのベンチャー子会社のNiantec社が握り、Google PlayやAppleストアで購入するゲーム課金は、やはりこの2社を全て通ります。利益の大きな部分や配信の許可まで、核となる実権は他社次第というのが実情です。(もちろん、任天堂にはロイヤルティ収入が入ります。)

ですから、任天堂はこれまでスマホゲームを出してこなかったわけです。これが今回、低迷する任天堂が活路を見出すべく、あえて出したスマホゲームが大ヒットしたというだけのお話なのです。

この辺の詳しい事情は、中嶋よしふみさんの記事(「ポケモンGO」という任天堂の敗北。)が詳しく解説しています。

Pokemon Go!と電子書籍の共通点

このPokemon Go!とよく似た状況が電子書籍にもあります。

これまで、出版業界は再販価格維持制度と一般に呼ばれる独占禁止法の例外や業界の一部が主張する出版文化を守ろうという考え方などで守られる立場にいました。

さらには、図書館約約節なども長らく語られています。これは、図書館が本の販売に悪影響があるとか、人気タイトルの購入を一年間しないように要請するなどのニュースで見られます。(「図書館のせいで本が売れない」を電子図書館が解決する?電子図書館: あなたの街にも無料で借り放題の電子図書館がやってくる。でも、いつ?

しかしそのような中でも、紙の本の販売額はインターネットが普及期に入って1997年以来減少の一途をたどっています。特に最近は、その傾向が目立っています。

ここに救世主的現われたのが電子書籍です。最初はあまり効果が現れず、期待はずれの感がありました。しかしその後、電子書籍を加えた市場は、正確にデータを集計すれば、増加に転じています。この辺りに関しては、朝日デジタル本部の「林智彦氏の記事」がとても詳しく解説しています。

紙書籍+雑誌扱いコミックス+電子書籍の販売金額推移(出版科学研究所/インプレス総研)

この電子書籍ですが、実はここにも大きな落とし穴がありました。それは、一旦デジタルデータとして登録された本は、販売、配信、データ管理など全てAmazonのKindleストアなどのプラットフォームを通して行われます。

そして、市場が拡大するに連れてAmazonの強大な販売力のためにKoboを始めとする日本勢が不利な立場になりつつあることも付け加えなければいけません。これは、AmazonのKindleストアのアプリユーザーの占有率でも次第に大きなシェアを獲得しつつあります。

電子書籍ユーザーが利用している電子書籍ストア、アプリ

Amazonは出版社からの仕入額を決め、Kindleストアでいくらで販売するかの価格決定権はすでに握るようになってきています。また、Kindleストアの価格がどうあれ、Amazon自体のポイント・キャンペーンでいくらでも操作できます。

2016上期 – 紙の本 vs 電子書籍の価格比較 (まとめ)

Pokemon Go!に打って出た任天堂が抱える悩みと同じように、出版の販売や流通の主導権はプラットフォームを握る側に移りつつあるのです。

電子書籍2.0がやって来る

Pokemon Go!はまた、プラットフォーム上で何が可能かを実証する最適な成功例とも言えます。

このアプリは、AR(仮想現実)の技術でユーザーを外出させポケットモンスターがいる目的地に連れ出すゲームです。

Pokemon Go!のARとは、グーグルマップの位置情報とカメラを使って、現実の空間に実際にはそこに存在しない架空の世界を付加し、ポケットモンスターを捕獲し育て、戦わせるというPokemonゲームを楽しむものです。

特定の場所に行かないとポケットモンスターが捕まえられませんし、ジムやスタジアムといったポケットモンスターを戦わせる場所に出向く必要があります。

これは、アメリカでは最先端の小売各社がスマホアプリで集客してきた努力を、本の数週間で超える強力なパワーを発揮しました。これは、Forbes Japanの記事でも指摘されています。

ポケモンGO、小売各社が失敗してきたモバイル集客を軽々と達成

その中で、ジャーナリストのLaura Heller氏が述べているように、小売がこれまでにモバイルアプリで集客してきた中での欠点は「楽しさ」であると結論づけています。

これを電子書籍と重ねあわせてみると面白いのです。

2012年に始まった電子書籍の第一次ブームは、紙の本を電子化することでした。そしてこれまでに、ほとんどの新規作品は、紙の本の出版と同時に電子版がリリースされるまでになりました。

しかし、紙の本を単純に電子化して便利な読書機能をリーダーアプリに持たせただけでは、本のコンテンツのとして「楽しさ」を行き出すには限界があるのも事実です。自然と、紙の本との価格競争が始まってしまいます。

そうではなく、本は人間の空想や知識を詰め込んだ人間の想像力の塊のようなコンテンツです。ここから、多くのメディアに展開されたり舞台などで使われてきました。

この本から派生してバラバラになったコンテンツがデジタルとなったいま、電子書籍を中心にまとめることはできないかと思うのです。

新しい電子書籍のかたち

AmazonのKindleストアにジェフ・ベゾス直属のチームの一因として参加したジェイソン・マーコスキーは、自身の著書『本は死なない Amazonキンドル開発者が語る「読書の未来」』の「おわりに」で次のように言っています。

「たとえば私はいま『火星のタイム・スリップ』という60年代のSF小説を読んでいる。とても面白い小説なので作者のフィリップ・K・ディックとぜひ話してみたい。彼の記憶をダウンロードできたら最高だ。」(リンクは筆者が追加)

もし、電子書籍を読んでいて著者の声が聞きたいと思った時に、スマホの画面をタップするだけで著者の声や執筆時の映像などがかいま見れたらどうでしょう。

多くの小説は、映画化やドラマ化されています。であれば、電子書籍がそこから派生するコンテンツを串刺しにして画面上に展開する土台のような存在になることはできないのでしょうか。

この方向性をジャンル別に展開すれば、次のようなアイデアが浮かんできます。

  • フィクション、小説
    ナレーション、映画やドラマなどの映像との連携
  • 啓蒙書
    ナレーション、朗読、著者本人のコメント、セミナーなどの映像
  • 趣味・解説書・ガイドブック・ムック
    短い映像との組み合わせ、製品と連動したキャンペーンなど
  • 外国語や資格などの参考書
    単語カードで記憶を強化する機能、読み上げ、赤い下敷きを再現する機能
  • 実用書・ビジネス書
    セミナー、知識をまとめるアプリ、検索、索引、同類の書から類似した部分を探しだして要約するなどの機能
  • 児童書・絵本
    音楽、朗読、アニメ、3D効果など

株式会社出版デジタル機構の新名 新社長は、現在は紙の本を電子化しただけの「電子書籍1.0」の時代だと言っています。これが「電子書籍2.0」となって新しい読書体験が始まると言っています。(月刊ほん 2014年12月号

また、株式会社KADOKAWA取締役会長の角川歴彦氏は、2013年に8%だった普及率は数年内に20%から25%までいくが、本格的な普及率である50%のラインを超えるには大きな壁があると言っています。(月刊ほん 創刊号

この壁を乗り越えるための具体的な例がPokemon Go!の成功が示しています。電子書籍のプラットフォームは、本が持つコンテンツの楽しさを別次元に引き出す可能性を持っているからです。

著者や編集者は、本のコンテンツのアプローチについて根本的に考えるときに来ているのではないでしょうか。

本の未来はどこに向かっている?

Amazonをはじめとするオンラインストアやクラウドのサービスを詳しく調査したクリス・アンダーソンは、「ロングテール‐「売れない商品」を宝の山に変える新戦略: クリス・アンダーソン」や「フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略: クリス・ アンダーソン」でゲームアプリや電子書籍などのデジタルコンテンツの将来を次のような言っています。

  • 在庫が膨大に増えていく
  • 価格はゼロに近づいていく。
  • ヘッド以外のロングテールの販売が大きな利益を生む
  • 最終的には、プラットフォームを抑えたものに市場は集中する

ゲームや出版業界も、この大きな流れの中にすでに巻き込まれています。その流れの速さは加速することはあっても、今後すぐに収束に向かうとは考えづらいと思います。

ここ20年、日本の紙の本の販売は減り続けています。ここ数年、電子書籍がこれを補うばかりか置き換えていく流れができつつあります。

すぐに紙の本が消えてなくなることはないでしょうが、私たちが文章を読む時間はますますスマホやタブレット端末、パソコンも含めた画面上に移っていきます。

朝日デジタルの林氏は「2019年の総合書籍の市場規模は、1兆1551億円。2001~2005年あたりとほぼ同水準」まで回復すると予想しています。(出版不況は終わった? 最新データを見てわかること)この傾向がそのまま加速も減速もなく続くとすれば、10年以内には電子書籍が出版全体の売上の約半分を占めることになります。

この時の価格体系は、電子書籍が大きな影響力を持つことになります。紙の本の価格は低下のプレッシャーを受けることになりますが、紙と印刷、そして流通や書店でのコストを考えると下限があります。逆に言えば、利益率はますます下がり続けていきます。

街でレコード店を見かけなくなってもう長い時間が経過しました。渋谷にタワーレコードがあるように、ブティックのような専門性を持ったものを除いて、街の書店を見つけるのは難しくなるのでしょう。

そして、県庁所在地やその他主要都市にデパートがあるような感覚で大規模書店が点在するようになっていくのかもしれません。

何か、とてもさみしい気になってきます。

しかし、これも時代の流れなのかもしれません。ラジオやデレビが普及しても新聞は消えませんでした。VHSレコーダーの生産が最近終了したようですが、AmazonやHuluの動画配信を本当に手軽に見れるようになりました。

ビニールのLPレコードはレア物として扱われますが、未だにラップのステージなどで活躍しています。レコードプレーヤーやダイヤモンド針も引き続き購入可能です。

紙の本も、私たちの目の黒いうちは姿を消すことはないでしょう。それまでの間、紙の本ならではの「楽しさ」も十分に味わっておきたいものです。

 

あなたは、この記事を読んでどのような感想をお持ちですか?あなたにとって、AmazonKindleとはどんな存在ですか?

ぜひ、あなたのコメントを下のコメント欄からお知らせください。

 

 

photo credit: Owen and Aki

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  • KDPサービスをはじめとした電子出版サービスが、
    「自費出版」から「自己出版」という新しい道を作ってくれたことは事実ですが、
    それでも、今の電子書籍は、紙の本を電子化しただけの「電子書籍1.0」だと思います。

    しかし、電子書籍には、まだまだ、新しい可能性があると思います。

    たとえば、電子書籍はリンクを貼ることができます。
    つまり、電子書籍はリンクを貼ることで、情報を拡張させることができます。

    手前味噌ですが、わたしの『さるでも楽しいKindle電子出版』という本では、
    まだ内容を書いていないブログの記事リンクを貼って、
    「将来の情報をそのリンク先に書き込む」という手法で、
    「未来の情報」にまで「本の内容を拡張」するという実験をしてみました。

    このリンクを使った拡張性は、かなり活用できると思っています。

    リンク先に動画や音楽を用意すれば、
    拡張する「情報の質」を変えることもできるからです。

    たとえば、ヨガやダンスの解説本では、繊細な体の動きを、
    鳥の図鑑であれば、その鳥の鳴き声を、と可能性はどんどんと広がります。
    つまり、どうしても言語化できなかった動きや音の情報を、
    ダイレクトに読者に伝えることができるようになると思います。

    さらには、わたしのリテラシーでは、この程度のことしか想像できませんが、
    たとえば、小説の中で主人公が電話をかけると、
    読者が小説を読んでいるスマートホンに電話がかかり、
    読者自身も小説の世界に巻き込まれていく、
    といったような、電子書籍ならではの双方向性を活かした本など、
    いろいろと、実験的な面白いことができそうです。

    電子書籍の新しい可能性、もっと自由に、考えていきたいと思います。

    • 海河童さん、全くの同感です。紙の本を懐かしむだけではなく、これからの本の「楽しさ」の可能性を広げていく方が実際楽しいですよね。アイデア、面白そうです。なんか、やってみたいですね。