Last Updated on 2018年10月21日 by 大山賢太郎
Kindle誕生秘話: 2012年にAmazonが日本で電子書籍を販売するKindleストアを開始してから、日本でも電子書籍市場が大きく成長しています。あなたは、AmazonのKindleビジネスがどのように立ち上がったか知っていますか?
そこには、立ち上げに参加した人たちの悲喜こもごもの展開が待っていました。この記事では、Kindle誕生に関わった人たちの裏側のストーリーを探っていきます。
目次
Amazonのオンライン書店ビジネスに訪れた危機
Amazonは誰もが知る世界最大のオンラインストアです。今では何でもそろうというのがこの米国ワシントン州シアトルで1994年にインターネットの登場とともに始まったベンチャー企業のモットーですが、当初はオンライン書店として始まりました。
ネットバブルの最中にネット書店として成功したAmazonは、2000年には現在の新しいAmazonロゴに変更して、あらゆる商品を扱うために流通インフラまで投資広げていく積極経営へと突き進んでいきます。
しかしその直後、創業から10年後の2004年には大きな転換点が訪れます。というのも、とあるコンファレンス出席していたAmazonのCEOであるジェフ・ベゾスが、衝撃的な日本製品を手にしたからです。それは、ソニーのLibrieと呼ばれる電子書籍リーダーでした。
E-ink(電子ペーパー)技術で紙のように読みやすい画面に本のページが表示された端末を手にしたとき、ベゾスは「これは私のビジネスを破壊するかもしれない機械だ!」と感じたといいます。すぐに、30台ものLibireを購入して直属の部下に徹底的に体験させました。
そして、その直後からこの技術を独占しているE-ink社とアマゾン独自の電子書籍リーダーを開発するために交渉を始めました。これは、出版業界に関係する企業としては異例のことです。
電子書籍のプロジェクトチーム結成!
ジェフ・ベゾスは、彼の右腕でコンテンツビジネスのトップであるスティーブ・ケッセルに開発の命じました。そして、「紙の本の業界全員を失業させることを目標にしてプロジェクトを進めろ」と念を何度も押したのです。
そして「AppleやGoogleには絶対に負けるな」とも。この時すでに、3社の競争はすでに始まっていたということになります。(その8年後に日本に登場するとき、この3社を指して「黒船襲来」と恐れられたのもうなずけます。)
ケッセルは、その直後に、PDAのベンチャー企業のPalmOneのエンジニアであったグレッグ・ゼーアを引きぬきます。そして、「簡単に使えてアマゾンのサービスに高度に統合化されたアマゾンユーザのためのデバイス」の開発が始まったのです。この最初のデバイスが電子書籍リーダーでした。
この数人で始まったプロジェクトチームは、シアトルからはるかに離れたカリフォルニーのシリコンバレーの法律事務所の図書室で始まりました。その名は「Lab126」。
Labとは研究室や開発室のことです。126は、アマゾンのロゴの下の部分にある矢の印(スマイルの口の部分でもあるようです・・・)がAmazonのAからZを指していることから由来しています。
どういう事かというと、英語の表現で「A to Z」は「何なら何まで全て」という意味があります。Amazonはこれを新しいロゴに組み込んだのです。
そしてLab126は、Aはアルファベットの1番目、そしてZはアルファベットの26番目であることから、これを繋いでLab126にしたのです。
この命名のアイデアを聞いたジェフ・ベゾスは、声たかだかに大笑いしたということです。しかし、この時点ではプロジェクトがその後成功するかどうか、誰も知る由もありませんでした。
Amazonの電子書籍ビジネスはどのように立ち上がり、ソニーはどのように敗れたか
その後3年間、チームは昼夜を問わず全く新しいAmazonにしかできないデバイスを目指して開発に没頭しました。これに平行してシアトルでは、ジェフ・ベゾス直下で電子書籍ビジネスの立ち上げチームがフル回転します。
彼らは、ソニーの電子書籍ビジネスとデバイスを分析しました。そしてそこに、少なからずの弱点を発見します。ソニーがデバイス中心のビジネスモデルであったのに対して、ベゾスは紙の本の読書を遥かに上回る読書体験を目指し、細部に徹底的にこだわったのです。
このころのソニーの電子書籍リーダーは、パソコンにインストールしたアプリから電子書籍を購入して、USB経由でデバイスにファイルを転送する必要がありました。技術的に途上のアプリのため、一般のITの素人には扱いづらく購入や転送に失敗することも多かったようです。
これに対して、ジェフ・ベゾスはワンクリックで書籍を購入でき、すぐにダウンロードして読み始めることにこだわりました。このためには、携帯電話向けの3G回線を、なんと無料で使えるように標準装備することまでしました。
もちろん、それまでには世界最大となっていたオンライン書店です。ジェフ・ベゾス自らが先頭に立って投入する資金力、圧倒的な蔵書数、大手出版社をはじめとする出版業界との強力な関係が既にあります。
これに加えて、紙の本よりも安く設定した価格体系、徹底的に分析された紙の本や顧客の購買行動のデータベース、顧客の購買行動を誘導する高度なレコメンド機能などが加わります。何よりも、そこには当時すでに6,500万人の顧客がいました。
これらは、どれも元来の家電メーカーであるソニーには太刀打ち出来ないものでした。そして、2014年にソニーは電子書籍事業から撤退することになります。電子書籍の顧客は楽天Koboへ引き継がれました。
企業トップのジェフ・ベゾスの強烈な闘争心やプロジェクト・チームの日夜の努力は必然的な成功へと結びついていきます。しかし、ビジネスのリリースに向けて、全く新しい電子書籍の蔵書を揃えるのはさすがに大変だったようです。
印刷された紙の本には既にデジタル技術での印刷が普及していましたので、多くはPDFのファイルフォーマットがありました。しかし、これは電子書籍のフォーマットとは互換性がありません。
PDFからフォーマットを変換するのですが、表示が崩れることが多く、これを手作業で修正しなければなりませんでした。また、デジタルファイルが無いものも多く、その場合には、背表紙を裁断して一枚づつスキャナーでスキャンしてテキストに変換します。
日本では、これとおなじ作業を「自炊」と読んでいます。専用スキャナーを購入して自分の蔵書や文書をデジタル化するのですが、既にAmazonはこれをやっていたことになります。
これは、インドやフィリピンの安い労働力を大量に投入して、まるで工場のような密集した作業場で、大勢の労働者が全て手作業ですすめたようです。
この間、Amazonの本社でプロジェクトチームとの間の架け橋となったのがジェイソン・マコウスキーです。このあたりの事情は、彼の著書「本は死なない Amazonキンドル開発者が語る「読書の未来」」に詳しいので、一度お読みすることをおすすめします。
Kindle誕生秘話: その名前の由来とは?
ITの開発によくあるように、Amazonの電子書籍リーダーの開発プロジェクトにもコードネームが付けられました。ジェフ・ベゾスは幼少の頃からSFテレビ番組のスタートレックの大ファンでした。最近のAmazonのデバイスのネーミングは、かなりこの辺にこだわっているようです。
例えば、Amazon EchoのEchoとAlexaはスタートレックに登場したコンピューターやキャラクターです。私は幼少のころにスタートレックのオリジナル版の一場面から、スポック博士がコンピューターに話しかける場面を覚えています。
その時は旧式のコンピューターでしたのでスポック博士の声には反応しませんでした。しかし、その直後にはキーボードをものすごい速さで叩き始め、椅子から転げ落ちるほど驚いたのが目に浮かびます。
スタートレックは24世紀が前提ですが、Lab126のチームは、後述のAmazon Echoと呼ばれるデバイスで既にこれを実現しています。
はなしを電子書籍に戻します。
しかしLab126のチームは、なぜかニール・スティーブンソンのSF小説の『ダイヤモンド・エイジ』にこだわりました。そこに登場する女性「Fiona」というのが、当初のプロジエクトネームでした。(実際に、つい最近までこの「Fiona」という名前は、Amazonの電子書籍ストア内のURLに残っていたようです。)
しかし、さすがにAmazonの大々的な製品のリリースに当たり、外部のコンサルタントにブランド名の検討を依頼しました。彼らは、当時シリコンバレーの有名なブランドコンサルタントであったマイケル・クローナンにそれを委ねました。
彼の妻でパートナーでもあったカレン・ヒブマは、ジェフ・ベゾスは読書の未来を誇大広告ではなく、控えめなブランド名で表すことを望んでいたと言います。また、ITオタク的なものではなく、しかし記憶に残るものを考え、「Kindle」にたどり着いたのです。Who Named the Kindle (and Why)?
Kindleには、「火をつける」「感情を高める」あるいは文学的に「賢くなる」という意味があります。この言葉は、文学に根付いた表現であることも突き止めました。また、北欧の言語では「キャンドル(ろうそく)」という意味もあるようです。
これにはまた、新しいビジネスを「誕生させる」そして、その後にリリースされる電子書籍リーダーに「火を灯す」という願いも込めたようです。ただし、リリース直後の業界では、「Amazonは売り物の本に火をつけるらしい」と嘲笑されたようです・・・。
Kindleの誕生とその後の成長
「Fiona」から「Kindle」と正式にブランド名が決まったプロジェクトは、その後3年間、シアトルとシリコンバレーで着々と準備が進められていきました。
そして遂に2007年11月19日、彼らはアマゾンのCEOジェフ・ベゾスがニューヨークでライブ発表したプレスリリースの放送に食い入る様に見入りました。(Live from the Amazon Kindle launch event)シアトルでは、一気に舞い込む電子書籍の注文を待ち構えていました。
このプロダクトローンチは、大成功しました。なんと、リリース後からわずか5時間半でキンドル製品が完売し、その後5ヶ月間、品切れ状態が続きました。まさにアマゾンの電子書籍ビジネスに火がついたのです。
その後、キンドル端末は毎年のようにアップグレードを重ねて進化してきました。また販売台数も徐々に加速し、また第1世代が399ドルと高額だったものがその後の低価格化もあって2009年までには累計200万台、2010年には累計1000万台を突破しました。
AmazonはKindle端末の出荷台数やKindleストアの販売額を公表していません。アナリストの推計によれば、2014年には8000万台と予想されていましたので、2016年には一億台を突破していると予想されます。電子書籍リーダー専用端末としては、ダントツの市場シェアを維持しています。
Kindleの最新機種は、2016年4月に発売されたKindle Oasisです。この読書専用の端末は、読書に関する人間工学を究極のレベルまで高まています。そこには、正しく何百万冊という蔵書の書庫をどこへでも持ち歩いて、片手で文庫本を開いて読み始める感覚が再現されます。
読書の未来は、今まさに私達の手の中にあるのです。
Kindleの後日談・・・
Kindle電子書籍リーダーを開発したLab126は、その後、Kindleアプリを標準搭載するタブレットの「Kindle Fire」を開発しました。これは、AndroidのOSで動くカラーのLED画面が特徴です。
当初はKindleの白黒Eインク画面を補完する機種のような位置づけと考えられていましたが、その後、AmazonプライムとFire TVの開始にともなって、Kindleが名前から外されて「Fire」と呼ばれています。つまり、Kindle Fireは読書の端末よりも動画端末としての位置づけに修正されたのです。
これ以外にもチームの新商品の開発は次々と進められれました。例えば、スマートフォンの「Fire Phone」でAmazonが携帯ビジネスに参入するというニュースが騒がれましたが、これは完全な失敗と終わりました。
しかしその後のAI技術を使った音声アシスタント機能を持ったAmazon Echoは大成功しています。この円筒形をしたスピーカーとマイクが組み込まれたデバイスには、Alexaという女性のアシスタントが音声でAmazonのショッピングや音楽を流すなど、オーナーの要望に答えてくれます。
※Amazon Echoシリーズは、日本では2016年6月現在リリースされていません。
このどちらも、ジェフ・ベゾスが幼少の頃に熱狂したスタートレックに登場するキャラクターです。エコーはコンピューター、Alexaは女性の乗組員オフィサーです。彼が所有するワシントン・ポスト紙のインタビューでその辺のところを語っています。
ベゾスは宇宙ロケットの開発ビジネスにも投資しています。インタビューの中で「スタートレックは24世紀のSFストーリーだが、それよりも早く宇宙旅行は実現するだろう」と語っているのが印象的です。(Beam me up, Scotty’: Amazon boss Jeff Bezos role-played ‘Star Trek’ as a kid)
Washington Post
マイケル・クローナンは2013年この世を去りました。現在、彼の名前をネットで検索すると「Kindle」を命名したブランドコンサルタントだったことが有名です。
「Fiona」が登場するSF小説を書いたニール・スティーブンソンは、2014年にシアトルのAmazonの開発チームがあったビルを訪問しています。この「Fiona」の名称は未だ健在で、このプロジェクト名がビルの入り口に掲載されているのを見つけ、次のようにTwitterでツイートしています。
「The light was perfect and I couldn’t help myself(訳: 光の反射はパーフェクトだった。そして私は感動を抑えきれなかった。)」
この2人の逸話は、今後も語り継がれていくことでしょう。
一方で、Kindle立ち上げ時のプロジェクトマネージャーだったジェイソン・マコウスキーは、その後、AmazonでKindleのエバンジェリストとして電子書籍の普及に尽力しました。
そして2013年には、当時の開発ストーリーを熱く語った「Burning Pages – The Book Revolution and The Future of Reading」邦訳「本は死なない Amazonキンドル開発者が語る「読書の未来」」訳者:浅川佳秀」を刊行しました。
面白いのは、Kindleが意味するところの感情に火を灯すというメッセージは、その後のタブレットやマコウスキーの著書まで一貫していることです。
本書では、マコウスキーは「BURNING THE PAGE」を紙の本が衰退してやがてデジタルが本のビジネスを支配するという意味で使っているのに対して、邦訳の題名は「本は死なない」です。
本文の翻訳自体はとても正確ですので、当時の電子書籍の勃興期の日本での出版には、「業界への何らかの思惑や配慮があったのではないか」と感じるのは私だけでしょうか。
いずれにしても、日本でも電子書籍が出版業界の方向性をリードするまでになってきているのは明らかです。シアトルの片田舎で数人のチームで始まった電子書籍のプロジェクトは、日本の出版ビジネスを大きく左右するまでになっています。
「出版不況」は本当か?–書籍まわりのニュースは嘘が多すぎる – (page 2)
2014年度の電子書籍市場は1266億円に、電子雑誌市場も145億円と伸長
世界的投資銀行のモルガン・スタンレーによれば、Kindleストアの売上は約5,000億円としています。そして、アメリカの電子書籍の利用率は2014年に28%、日本では2015年で21%が読むまでになっています。
E-Reading Rises as Device Ownership Jumps
電子書籍は誰が読んでるの?–データを見たら意外なことがわかった – (page 2)
IT業界の原則によれば、この20%近辺は普及の境界線になるようです。であれば、ジェフ・ベゾスとAmazonのプロジェクトチームが火をつけた電子書籍市場は、大きく燃え上がろうとしているといえるのでしょう。
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